▼ 青のタブラス |
まもなく私の上に黄昏が訪れる。 真なる闇に眼が閉ざされる前に この身に刻まれた記憶だけは書き綴っておこう。 肉と共に朽ちてしまうことがないように。 我らレダが かつてアルマと共にカナンの地にあったこと。 その庇護のもと過ごした心安らかな日々と やがて訪れた黒き災い。 すでに過去は夜闇に包まれて久しい。 アルマの姿を眼にした最後のレダとして 私はこれを遺す。 強靱にして柔軟なるエメラス板は 幾星霜を越えてなお 読む者の目に狂い無き筆の跡は映じる事だろう。 深き闇に挑む者よ 汝の一条の光たらんことを、願うばかりだ。 |
▼ 赤のタブラス |
まず始めに この筆跡を留めているエメラス自体について 書き記しておかねばならない。 エメラスはエメルという石から紡ぎ出される 結晶質の繊維で 神々の国エルディーンより来たりしアルマによって この地に伝えられた。 それはかの国の木であり 鋼であり 母ですらあったという。 凍らぬ水の満たされた釜の中で 様々な色のエメラスが織り上げられ 最後に力ある黒と 命ある白とが 創り出された。 黒きエメラスはあらゆる色彩の力を兼ね備え 一方 白きエメラスは その黒き力に語りかける働きを持っていた。 やがて黒き力は大洋に防人としてそびえ 白き輝きは翼となって神々の背に宿ることとなった。 |
▼ 金のタブラス |
私はまた 我らレダと同じくアルマの民としてこの地にあった 尾を持たぬ者らのことも書き記しておかねばならない。 彼らは賢く 自ら望みを成し遂げる強さに満ちており アルマの技を習い覚えると すぐに自らエメラスを紡ぐまでになった。 あらゆるエメラスを繊る術を身に付けた彼らは やがて黒と白までも 紡ぐことを夢見たが しかし、アルマは決してそれを教えることはなかった。 黒き力は強大であり 翼なき者が操ることなどできはしないからだ。 それでも彼らは望みを捨てず 自らの洞の中で孤独な研鑚を続けた。 だが彼らが漆黒の光を目にする日はついに訪れなかった。 しの釜から生み出されたのは 白くも黒くもない 灰がかった色のエメラスだけだった。 |
▼ 黒のタブラス |
このカナンの地を襲った災いと 黒きエメラスの匣についても 私は書き記しておかねばならない。 アルマによって打ち建てられたと伝えられる漆黒の匣は 力をもって風と波を鎮め エルディーンの世に遍く安寧をもたらしていた。 だが、尾を持たぬ者らが 黒きエメラスの秘密を求めて中へ踏み入れたとき 匣の力は災いとなって降り注いだ。 愚かにも彼らは匣を操ろうとしたのだ。 白き輝きをなくして黒き力を御することはできない。 匣は狂気へ導かれ 海は溢れた。 アルマによって匣が鎮められたときには 高みだけを残し陸は水底に消え カナンの地も島へと姿を変えていた。 付き随いし我らレダの無事を見届けると アルマは大きく翼を広げた。 そして白き姿をその場に残し 天へと還った。 |
▼ 白のタブラス |
すべてが失われた後も 私にはまだ書き記すべきことがある。 災いにより引き起こされた高潮は 遠く神々の地まで及んだ。 多くの神々はその地で天へ還ることを望んだが レダや尾を持たぬ者らを率い 新たな大地へと旅立った神々もいたという。 そして我らカナンのレダは 亡きアルマの魂を守るべく 島となったこの地で生きていくことを選んだ。 まもなく私も あの白き翼に抱かれ聖なる地へと向かうのだろう。 過去の記憶は遠く 今は黄昏の気配だけが間近にある。 だが恐れはない。 闇を過ぎずして 朝は訪れぬのだから。 カナンの海に再び静寂の戻るその日まで 読む者よ 優しきアルマの祝福が汝の上にあらんことを。 |